歴史と文化
  常熟はすでに5千年余りの文明が持っているが、崧沢、良渚など数多くの文化遺跡がある。3千数年前の商末、古公亶父(周太王)の次男である仲雍は譲国して南へ行き、呉の国を建設し、常熟に定住した。西晋太康四年(283年)に建城以来、常熟は1700年余りの歴史を持っっているが、唐代までに、すでに発達な商業、繁栄している市街に名高い江南名城になっている。

  昔から、常熟は人材と文化の集まる所で、「文化の国」の美称がもとからある。商初に、中国ではじめての天文学者である巫咸、商末に仲雍、また春秋時代に孔子唯一の南方の弟子である言偃は、皆呉の文化の先駆者である。唐代以来、文学、絵画、書道、蔵書、七弦琴、篆刻、医学、建物など分野で有名人が輩出してきた。歴代で、宰相9名、状元8名、进士483名、挙人と秀才約6200が大量に出現した。現代中国学術界で最高な威信を持っている中国科学院、中国工学院には常熟籍院士が19人いる。1986年に、常熟は国務院に国家歴史文化都市に確定された。

  常熟は「美しい江南で、魚米の郷」の名誉がもとからあり、経済も繁栄し、物産も豊富し、商業貿易も発達している。上海蟹、桂花酒、もち米、叫花鶏、桂花栗、虞山緑茶、宝岩杨梅の名声が遠くまで聞こえるだけでなく、手で刺繍されるレース、マホガニーの彫刻、刺繍服装なども国内外によく売れている。改革開放から、経済発展と都市建設のレベルはずっと全国の県レベルの都市の前列に位置する。

  新しい世紀に入って、常熟この歴史文化都市は繁栄的な商業貿易、観光都市、山水の一体的な生態都市及び開放的な港町と近代化的な中型都市という目標に向かって歩み進めている。